setokouchanの日記

もうすぐ70の年寄がPHEVで観音巡りにチャレンジ中。コロナ禍と灼熱地獄で家でごろごろ。現在は子供の頃を思い出しながら妄想中。観音巡りは休業中です。ごめんなさい。カテゴリー用の丸数字が50を超えたらなくなった。

⑳運動足袋

 コロナが収まりつつあり、小・中学校で運動会が開かれるようになった。よかった。

 子供の頃(昭和30年代)は、運動ができるやつがまず人気者だ。次に頭のいいやつやハンサムなやつが続く。残念ながらどれも自分にはその要素が全く無かった。先生に「こうちゃん・こうちゃん」と言われていたから先生受けは良かったのだろう。やっぱり格好いいのは運動ができるやつだ。運動会ではどの種目でも憎たらしいほど活躍していた。

 かけっこ(徒競走)では、多分5年生の頃に地下足袋なるものが登場してきた。みんな靴はズックと呼ばれるものを履いていた。紐靴になるのは中学校になってからだ。ズックは成長期にあるため少し大きめなサイズを買う。大きすぎるとすぐ脱げるので、中敷きを入れてもらう。しかしかけっこでは、じゃまになるため裸足の子が多かった。運動会前日に全校児童で石拾いをするが、一生懸命に走ると小石や砂で足の裏が痛い。帽子取り騎馬戦、組体操でも裸足になる。

 そんな中地下足袋が登場したのだ。たちまち話題になりみんなが購入するようになる。自分も6年生で購入したが、足の遅いどんくさい自分はどうしようもない。ドベにはならなかったものの後ろから2番めだ。定位置のまま。

 自分は地下足袋と呼んでいた気がするが、北名古屋市の昭和日常博物館では、スポーツ足袋とかマラソン足袋などのタグがついているので面白い。オリンピックで日本人がマラソンで優勝したときは、スポーツ足袋と呼んでいたとネットで確認。また運動足袋だという記事もある。商品名だから色々あってもおかしくはないが、総称は何というのだろう?

 今は、運動靴も性能が高くなった。運動会になると思い出すのが、ズボンも靴も様々なものがお古で、お兄ちゃんからもらうのが当たり前だったこと。親戚のお兄ちゃんからももらったことを思い出す。

 子供にとって運動会はガキ大将だったやつがヒーローになれた一番輝かしいときであったんだ。11月に『秋の遠足』と銘打って小学校の同学年だった連中が再開する。1年生でよく行った赤岩のハイキングだ。懐かしきMさんが声をかけてくれた。70歳を祝って古希ランチ会なるものも予定されている。

 頑張って体力をつけなくては。