setokouchanの日記

ついに70、年寄がPHEVで観音巡りにチャレンジ中。コロナ禍で家でごろごろが多いが。現在は子供の頃を思い出しながら妄想したり観音巡りの記事を充実しようとそれなりに奮闘中。

年寄りの戯言169 古い記憶が

 今日は、妻がお世話になっている保険会社の知り合いが来て色々な話をした。

 帰りぎわ、ピカピカに磨かれた革靴を履こうと靴べらを出した。それを見た自分は、小学校時代、靴べらは遊び道具にしていたことを思い出した。プラスチック製の安物の靴べらを水平に持ち、サイドスローで投げると、面白い曲線を描きながら飛んでいく。上手に投げると自分の方に返ってくる。運動場や広場で遊んだ。

 多分アメリカのテレビドラマの西部劇に出てきたインディアンのブーメランを真似したんだろう。昔の子供は、身近なものを使って遊んでいた。紙飛行機などは作り始めると何機でも作る。納得の行く飛行機を工夫して作る。紙は広告と決まっていた。

 ところで、インディアンという言葉は今では使われない。差別用語だからだ。自分が子供の頃はアメリカにおける黒人の人に対する差別も激しく、デパートへの出入り口も違えば公衆トイレも違っていた。白人至上主義が当然だった。中学校の社会科の先生が黒人と結婚できるか?と授業中に平気で言っていたことを覚えている。アメリカではキング牧師が黒人(アフリカ系アメリカ人)のために公民権運動を活発に始めた頃だ。

 自分の子供の頃は様々な差別言葉を全く気にせずに使っていたんだろう、きっと意識しないとなくなっていかない。性差別も障害者への差別も、声に出してそれ違うよと言っていかないと気がつかないで済んでいく。