setokouchanの日記

とうとう71歳になりました。今住んでいる瀬戸市について、また生まれ故郷の豊橋について思ったことを文字や写真に。日記代わりに毎日記事を書いています。観音巡りはいつのまにかやめてしまいました。

年寄りの戯言215 60年前の豊橋にワープその6

 東雲通りの東外れにパチンコ屋があり、高校生の頃バイトで稼いだ金を元に台と向かい合った。まだ左手で一つ一つ玉を入れ、レバーで弾く。チューリップが開くと2・3つの玉を入れ同時に弾く。2発一緒に入るとまたチューリップが開く。こんな面白い遊びを覚えたので、勉強はしなくなった。頭の上をガラガラと玉が流れていく、釘に玉が挟まるとボタンを押すと店員が飛んできておまけにチューリップに玉を入れてくれる。タバコの匂いと軍艦マーチと演歌、頭の中に今でも光景が浮かんでくる。高校生の自分はどう見ても幼く見えたはずだ。昭和はけっこうおおらかだった。しかしこの店も当然なくなっていた。

 この写真は山県市にある昭和レトロミュージアムのパチンコ台だ。レバーで弾く台はこれ一台しかなかった。思い出のチューリップはもう少し単純だったように思う。777のフィーバーが出てきてもう勝てなくなった。10分で万札が消えていくパチンコはもう昭和ではなくなっていた。自分は賭け事には全く弱いことを教えられた。

setokouchan.hatenablog.com

 山県市のレトロミュージアムには、昭和に自分たちが楽しんだものがたくさんあった。ここの大将も自分と変わらない年寄りだった。でも大きな違いがあった。彼には自分になくなってしまった夢(野望)がまだまだあったのだ。70代とは思えないパワーがあった。