setokouchanの日記

もうすぐ70の年寄がPHEVで観音巡りにチャレンジ中。コロナ禍と灼熱地獄で家でごろごろ。現在は子供の頃を思い出しながら妄想中。観音巡りは休業中です。ごめんなさい。カテゴリー用の丸数字が50を超えたらなくなった。

㊶野外シアター

 広場やお宮の屋外で映写会が行われ、毎年楽しみにしていた。陸軍墓地の横の広場が会場になることが多かった。丸太で組んだ木組みに白い布を張り、スクリーンにしていた。
 内容はあまり覚えがない。多分鞍馬天狗とか忠臣蔵、伴淳の兵隊物だったんだろう。花菱あちゃことかエノケンなんて名前もこの頃覚えた。
 学校の講堂でも1年に1回映写会があった。暑くてもうちわで風を起こしながら、また蚊を追いやりながら、圧倒的に広い画面の映画を、屋外で楽しんだ。
 お金は払った覚えがない。きっと闇にまみれてこっそり入ったんだろう。良い子は9時には寝るように言われていたので9時前には終わったいたと思う。


 映画会以外に盆踊りなどがあったが行った覚えがない。こうした催しなどにつきものなのが屋台だ。紅ショウガののったお好み焼きだ。薄く薄くのばしたうどん粉に薄いチクワ、キャベツが少々天かすねぎが入ったネギ焼きだった。新聞紙にくるんだお好み焼き、うらやましかった。1枚が20円、半分が10円だった。お金がないので、臭いだけ楽しんだ。

 尾張に来て給料を貰える身になり、食べたお好み焼きは関西風の分厚い軟らかなお好み焼きだった。しかも高かった。
 尾張の駄菓子屋には、タマセンなるものがある。これが憧れの薄焼きかと思っていたが、全くちがうものだった。煎餅の間に卵を挟んで焼いたお菓子だった。

 今でも一宮に薄焼きのお好み焼きをつくっている駄菓子屋さんがあると、ニュースで流していた。一宮の奥町にある大野屋さんだ。一度行こうと思っているがなかなか行けない。