setokouchanの日記

ついに73歳、今住んでいる瀬戸市について思ったことを文字や写真に。日記&記録として書いています。

ゲリラ雷雨?

久しぶりに年寄りの戯言を書きます。

 自分にとって納得できない言葉がある。『ゲリラ雷雨』だ。地球温暖化により極端な雨が降り続き、酷暑なる言葉が使われる。気象予報士は、「十年に一度の◯◯」だと騒ぐ。雨が降るとゲリラになり、反対に雨が降らないと大騒ぎする。

 入道雲、雷雲、夕立ち等など、懐かしい言葉がある。マイナス要素もあるが、昭和の多くの人にはプラス要素があった言葉だろうと、自分は勝手に解釈している。夕立ちが通り過ぎた後の風を待っていたのは自分だけではなかったはず。大雨は被害をもたらすが、益も大きい。線状降水帯ができなければもっと良い評価をして欲しい。

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 井上陽水が好きだった自分には、ピカピカ光る雷は楽しみだった。子供の頃、音速は1秒で340m進むと習った。ピカッと光って◯秒で雷様の位置を計算した。一雨の前後の冷えた風を待っていた。

最近のショック4Kが

最近、新聞に細ぼそと載る記事に、テレビで4K番組は作らないがある。BSが殆ど通販番組になり、スポンサーが減ってしまった。さらに4Kの番組制作には金がかかる。今さら驚かないが、夢がなくなってきた。

 20年程前、地デジだ3Dだと言われて新しいテレビを購入したことを思い出す。8Kまである日本の番組は世界で求められていなかったんだろう。自分もYouTubeで昭和20年代の昔の映画を時々観ることがある。それなりに、いやそれ以上に満足できる。見た目より中身が大切なんだろう。

3月29日瀬戸でツバメを見たよ

昨日友人にツバメが瀬戸にやってきたよと報告したら、驚かれた。自分のブログを見たら、昨年は3月24日だったので今年はちょっと遅いなかなと思った。記録は必要だ。

 最近サボっているので頑張ろう。

サクラ開花しました

今日、3月19日午後1時に瀬戸市の川西公園のサクラを観察すると、1本の木だけですが10輪ほど咲いていました。2026年のサクラ開花宣言を町内のお年寄りに伝えました。

伏屋の獅子芝居

 自分の住む地域今村では、戦後まで獅子芝居が行われていた。その写真が東松照明氏の写真に記録されていた。90歳前後のお年寄りたちは、現在の瀬戸信用金庫共栄支店の北側に公会堂があり、昭和18・9年に親に連れられて見に行ったことを覚えていた。写真の袖幕には『旭村大字今 川西嶋』と書かれている。今村の川西嶋の獅子芝居のグループだろうが郷土誌「いまむら」には、昭和23年の公演が最後と書かれていた。瀬戸市美術館で聞くと東松氏の写真は昭和29年、しかも撮影場所は瀬戸の中心地がほとんどで今村ではないはずと言う。

 獅子舞というものは何となく知っていたが、獅子芝居は全く知識がなかった。

 自分の住んでいる今村地区の記録(郷土誌「いまむら」では、昭和10・20年代に今村で獅子芝居を演じていたメンバーは、瀬戸川の南側の寺山や市場嶋では9人、川の北側の北脇や川西嶋で14人もいた。彼らは現在の江南市の今市場の獅子芝居の一座に指導を受けたという。江南市まで調べに行ったが、今市場の獅子芝居は残念ながら現代の新しい世代には継承されていないようだ。

 ネットで調べると現在でも残っているのは岐阜県美濃地方、特に岐南町伏屋では若者を入れて継承されている。『岐南地芝居公演2025』ビデオ化されてYouTubeにアップもされていた。岐南町の歴史民俗資料館では民俗資料集Ⅵとして『伏屋の獅子芝居編』(改訂版)にまとめられていた。

 

 伏屋の獅子芝居は現代でも継承されていることは分かった。獅子頭は髪がなく耳が立ち黒紋付、設定も男が女性を演じている。演目も「鳴門の子別れ」と同じだ。

 獅子芝居の始まりは三河尾張だ。今村の獅子芝居は尾張の今市場(江南市)の一団から学んだという。今回は残念ながら今村の獅子芝居と伏屋の獅子芝居とのつながりは見つけられなかった。獅子芝居は愛知県と接する美濃地方の関市・多治見市・恵那市瑞浪市などには残っていたことからも愛知県の三河から伝わったことも確かだろう。じゃあ三河のどこだろう。奥三河東三河?西三河なのか、楽しみが増えた。

久しぶりに スノームーン

 毎日寒い日が続くと、年寄りになると動かなくなる。外に出るのがおっくうになる。さぼっているうちにいつの間にか2月になってしまった。午後7時過ぎ我が家から東の低い位置に現れたスノームーン。外に出てチャチャっと(瀬戸弁で急いでの意味です)撮影した。

 明日は節分だが、今年はまだ寒い日が続きそうだ。春探しをしないといけないが・・・。