自分の住む地域今村では、戦後まで獅子芝居が行われていた。その写真が東松照明氏の写真に記録されていた。90歳前後のお年寄りたちは、現在の瀬戸信用金庫共栄支店の北側に公会堂があり、昭和18・9年に親に連れられて見に行ったことを覚えていた。写真の袖幕には『旭村大字今 川西嶋』と書かれている。今村の川西嶋の獅子芝居のグループだろうが郷土誌「いまむら」には、昭和23年の公演が最後と書かれていた。瀬戸市美術館で聞くと東松氏の写真は昭和29年、しかも撮影場所は瀬戸の中心地がほとんどで今村ではないはずと言う。

獅子舞というものは何となく知っていたが、獅子芝居は全く知識がなかった。
自分の住んでいる今村地区の記録(郷土誌「いまむら」では、昭和10・20年代に今村で獅子芝居を演じていたメンバーは、瀬戸川の南側の寺山や市場嶋では9人、川の北側の北脇や川西嶋で14人もいた。彼らは現在の江南市の今市場の獅子芝居の一座に指導を受けたという。江南市まで調べに行ったが、今市場の獅子芝居は残念ながら現代の新しい世代には継承されていないようだ。
ネットで調べると現在でも残っているのは岐阜県美濃地方、特に岐南町伏屋では若者を入れて継承されている。『岐南地芝居公演2025』ビデオ化されてYouTubeにアップもされていた。岐南町の歴史民俗資料館では民俗資料集Ⅵとして『伏屋の獅子芝居編』(改訂版)にまとめられていた。

伏屋の獅子芝居は現代でも継承されていることは分かった。獅子頭は髪がなく耳が立ち黒紋付、設定も男が女性を演じている。演目も「鳴門の子別れ」と同じだ。
獅子芝居の始まりは三河・尾張だ。今村の獅子芝居は尾張の今市場(江南市)の一団から学んだという。今回は残念ながら今村の獅子芝居と伏屋の獅子芝居とのつながりは見つけられなかった。獅子芝居は愛知県と接する美濃地方の関市・多治見市・恵那市・瑞浪市などには残っていたことからも愛知県の三河から伝わったことも確かだろう。じゃあ三河のどこだろう。奥三河?東三河?西三河なのか、楽しみが増えた。