setokouchanの日記

とうとう71歳になりました。今住んでいる瀬戸市について、また生まれ故郷の豊橋について思ったことを文字や写真に。日記代わりに毎日記事を書いています。観音巡りはいつのまにかやめてしまいました。

年寄りの戯言454 四日市公害、覚えていますか?

 今はこんなにきれいになった四日市のコンビナート。昔は暗い過去があった。

 子供の頃の昭和30年代、少年雑誌に不思議な現象として、イタイイタイ病がとりあげられた。歩くだけで骨が折れる、咳をするとあばら骨が折れる、イタイイタイと言いながら自分で死ぬこともできない。その後富山県カドミウム汚染だったことがわかる。水俣病新潟水俣病があった。四日市でも喘息患者が急増し騒がれ始めたのもこの頃だ。四大公害病だ。四日市では1000人以上の方が亡くなった。一節には2000人という説もあるぐらい酷い公害だった。

 今日のニュースでと当時の四日市喘息を経験した人が高齢化で伝えていくことが難しくなってきたと流れた。四日市喘息のニュースのすぐ後に、コンビナートで火災があったと伝えていた。数日前別のコンビナートでも事故があった。

 当時はコンビナートは最先端の技術だった。四大公害病とともに自分たちは四大工業地帯という言葉も習った。今でも学校では教えているんだろうか。あれから60年経っている。瀬戸市の公害、珪肺(けいはい)も死語となっている。覚えている人は若者の中にいなくなっている。

 60年は子供だったのが70歳になることだ。毎日飲む薬が増える年代だ。膝が、腰が痛く、さらに忘れっぽくなる。大阪のどこかの市で水道管の老朽化で穴があき高さ4040mも噴き上がったという。道路も橋も水道もみな老朽化するのだ。政治家も老朽化している。原発の再稼働は不安で仕方がない。

 ところで昨日今日は瀬戸物祭りだ。2日とも天気に恵まれて良かったなあと思っていたら、午後3時すぎに空が真っ暗になり激しい雨がふってきた。やはり民吉の奥さんの無念の涙は雨となって流れたのだろう。