setokouchanの日記

もうすぐ70の年寄がPHEVで観音巡りにチャレンジ中。コロナ禍と灼熱地獄で家でごろごろ。現在は子供の頃を思い出しながら妄想中。観音巡りは休業中です。ごめんなさい。カテゴリー用の丸数字が50を超えたらなくなった。

71. 子供の頃の遊び その3

 缶けりとか、石けりなども男女問わずやったのかな。
 ソフトテニスボールを使った遊び、自分たちでは一対一の場合ゲンタイと呼んでいた。4面で対抗するテニスもやっていた。元帥、大将、中将、少将の場所があり、自分より位の高い子に勝てば上がって行く。4人より多い場合、外で少将が負けるのを待って交代。(記憶違いがあるかも)
 
 普通のテニスでは、相手コートに打ち返すが、子供のテニスは反則になる。たしかソックと呼んだ。自分の陣地に一回バウンドさせて相手コートに返す。2度バウンドも反則。四面だと打ってきた相手ではなく、コースを90度変えて打つ。地面スレスレに打つとなかなか返せない。自分なんかは運動神経が鈍いのですぐ空振りになって交代させられる。空振りすることをノーターと言っていたと思う。多分ノータッチのことだろう。
 この時代、運動できる子がスーパースターだ。運動できる子は何をやらせても上手だった。暴れん坊将軍は当時からそのスーパースターの一員だった。

 運動ができて頭もいい子はそんなにはいない。しかも顔もいいのは、同学年100人いても二三人しかいない。児童会会長選挙でもいつも対決していた。55年ぶりの同窓会では、そのスーパースターの一人は亡くなっているとのこと。その子の顔は、子供の時のままとなってしまった。丸顔の体格のいい子だった。