setokouchanの日記

とうとう71歳になりました。今住んでいる瀬戸市について、また生まれ故郷の豊橋について思ったことを文字や写真に。日記代わりに毎日記事を書いています。観音巡りはいつのまにかやめてしまいました。

年寄りの戯言296 もうすぐ陶祖まつり4 洞の半次郎窯②(若者がチャレンジしている)

 半次郎窯は、瀬戸・ものづくりと暮らしのミュージアム瀬戸民藝館』として、新しく生まれ変わっていた。8代目の半次郎さんになるんだろう若者が、文化財を守ろうと新しい取り組みを始めた。

 8代目は父親7代目と一緒に、6代目半次郎が残した本業窯を民芸館として蘇らせている。

 7代目の半次郎さんには出会えなかったが、8代目になる息子さんには話ができた。息子さんは、どうしたらこの本業窯を維持できるか、何年も考えてきたようだ。本業窯は市の文化財に指定されている。でも悪い見方をすると負の遺産でもある。

 自分が瀬戸に来た40年以上前にはもう市の文化財だった。学術的必要だから文化財に指定しようと行政は勝手に考える。自分も当然残さなければならないと思う。

 

 一里塚の本業窯でもご主人は悩んでみえた。この洞の本業窯でも同じだった。文化財に指定されると景観を変えることができないし、壊すことはできない。屋根のトタンも勝手に変えられない。窯として使っていない窯は当然年月が過ぎれば壊れていく。しかも、維持するために行政は予算を考えていない。自己負担でしかない。ガイドもいないからお客さんが見えたら説明もボランティアになる。

 8代目の半次郎になる息子さんは、長男として本業窯を継いでいく。このことが子供の頃から大きな課題になっていたんだろう。長年市役所と相談してきた。でも、結局本業窯が生き残っていくために市は力を発揮してくれないことがわかったんだろう。

 市だけでなく県、そして国にも相談したが結果は、いいものではなかったようだ。

 息子さんは、6代目が昔あこがれた柳宗悦らが唱えた民藝運動と繋がりを得て新しい方向性を見つけた。瀬戸は藤井達吉の関係しか考えていなかったが、6代目が傾倒した民藝運動、藤井達吉とはまた違った考えを持っていたんだろう。面白そうだ。資料館をわかりやすく展示し、当時撮った8ミリの映像を活かし、新しい映像を入れまとめている。この映像に思わず引き込まれた。若者たちがチャレンジしている

 自分たち年寄りがどう応援できるか。考えないといけない。陶祖まつり(藤四郎まつり)は陶器のお祭りだ。瀬戸の観光課の出している陶祖まつりのチラシには、本業窯の文字すら出てこない。しかも洞の窯垣の小径も蚊帳の外なのだ。自分ももう少し声を上げないといけない。

www.setomingeikan-museum.jp