setokouchanの日記

ついに70、年寄がPHEVで観音巡りにチャレンジ中。コロナ禍で家でごろごろが多いが。現在は子供の頃を思い出しながら妄想したり観音巡りの記事を充実しようとそれなりに奮闘中。

④これは何かわかるかな?

 

 北名古屋市の昭和日常博物館の展示物の一つだ。今の人達にはわからない方が多いと思う。名前から想像してほしい。『フマキラー』と書いてある。殺虫用の噴霧器だ。右下の部分に殺虫剤を入れ、自転車の空気入れみたいなポンプで液を飛ばす。

 たしか部屋の中では使わず、ドブとかぽっとん便所の中や外のジメジメしたところに噴霧したと思う。部屋の中に噴霧すると液体なのでベタべになってしまうだろう。

 

 どこの家にもあったのがこれ。

 渦巻き型の蚊取り線香だ。最近はプッシュ型が多くなったが、昭和の部屋内では一般的なものだった。外で夕涼みをするときもうちわとこれは必須のアイテムだった。

 これが分かる人は、そんなにはいないはず。この写真は狭い場所に展示してあるので広げてはいない。四畳半や6畳の部屋の鴨居にフックが付けてあり、四隅やその間にある紐を縛って取り付けるとその中に面白い空間ができる。まわり全面、幕でおおわれる。
 その中に布団が敷かれうなぎの寝床になる。家族全員でこの中で寝るのだ。特別な空間になる蚊帳(かや)は、親にとって面倒くさいが、蚊の多い時期になると蚊取り線香とこの蚊帳がないと生活できない。昔の家はどこからでも侵入可能であった。網戸みたいな小洒落たものがない時代だ。窓を少し開けて風を入れている。神経質な自分は、蚊がぷ〜んと耳元で唸るだけで寝れなかったことを覚えている。また、この蚊帳の中に蚊が一匹でも入ろうものならみんなで騒ぎながら殺した。

 大阪の友人が、彼の家には蚊は殆どいなかったよと話したことを覚えている。町中の子だった。下水道が敷かれていてボウフラのわく場所は少なかったそうだ。今の家も浄化槽から下水道に変わり、確かに減ってきた気がする。

 蚊はたくさんいるとまあしょうがない我慢するかとあきらめがつくが、一匹だけというのは気になるものだ。

 今日から秋。秋の蚊はしつっこい。

  噴霧器は、ネットで調べると戦前のものとある。でも自分の子供の頃にも使われていたように思う。