setokouchanの日記

とうとう71歳になりました。今住んでいる瀬戸市について、また生まれ故郷の豊橋について思ったことを文字や写真に。日記代わりに毎日記事を書いています。観音巡りはいつのまにかやめてしまいました。

年寄りの戯言364 しなの祇園祭 その2

 今日は夏至、いよいよ暑い暑い瀬戸の夏が始まる。独身時代、エアコンのない自分は帰宅すると窓を全開にして扇風機を最強にして部屋の空気を追い出す。日曜日の午前中は窓を開けず夜の空気を逃さないようにする。

 数年前から猛暑日が。瀬戸は多治見と似たような気候だ。若い頃は暑いのは我慢できたが、年を取ってからは無理だ。できる限り外出しないようにしている。ネコと散歩だけの外出で終わることが多い。

 暑くなると食中毒が心配だ。疫病退散じゃ。近年はアマビエなるものが有名だ。

 品野では、『火の見下のゴトーさん』と地域の古老から呼ばれているお社の神様だ。

 ゴトーさんは、国道のスーパーの入り口にある赤く塗られた社だ。津島神社だ。牛頭天王からゴトーさんに言葉が変わった。しかし山車の人形や祭提灯には『神武天皇』と記されている。明治の日露戦争あたりでいくさの神様に変わってしまったようだ。

 長い祇園祭の歴史の中で、日中戦争・太平洋戦争で若者がみんな兵隊にとられてしまった。戦争中は残ったお年寄りの努力で中止しないようにがんばったが、終戦の昭和20年だけは残念ながら開催できなかった。

 するとその年の12月に下品野小学校の図工室が火事になり、あくる年の夏には赤痢が流行り小学校が病棟となってしまった。それからというもの祇園祭をやらないと病気が流行ると言われ、毎年地域の方々が大切に守っている。

 この夏祭りは、お天王さんとして色々な地域で行われている。村や嶋ごとに小さなお社がつくられておまつりしている。自分が瀬戸に来た頃は、色々な町内で提灯を灯し、その周りで人が集まっていた。

 写真はセトペディアから。