setokouchanの日記

ついに70、年寄がPHEVで観音巡りにチャレンジ中。コロナ禍で家でごろごろが多いが。現在は子供の頃を思い出しながら妄想したり観音巡りの記事を充実しようとそれなりに奮闘中。

㉘自分の親たちの世代は、世界を舞台にしていた

 前回マンシュウって知ってますか?の記事を書いた。自分の父親が満洲国で、満鉄の機関士をしていたこと。戦後子供たちに何も話さなかったことなどを書いた。55年ぶりの同窓会についても書いた。
 その同窓会で再開したN君が確か親御さんが満洲にいたと言っていたことを思い出し、連絡をとった。
 彼の両親もやはり満洲からの引き揚げ者で、悲惨な体験をしてきたようだ。自分の親たちとの違いは、N君の父親は、体験したことを人生をかけて全て子供たちに伝えていた。
 幸か不幸かそれを聞きながら育った。N君は、、頭がよく努力家であったため学者になる道に進んだ。統計学の本を何冊も書かれている。彼はホームページに、親御さんたちの生活をまとめていた。
 自分の母親は帰国が昭和21年9月だ。戦争が終わって1年以上もどうしていたのだろう。その疑問もN君のまとめたもので解り始めた。

 内容はあまりにも自分には重すぎた。いい加減な気持ちで日記(ブログ)なるものを始めた。与太話で始め与太話で終えようと思っていた。この後、どういう方向性を持たせて良いのか迷ってしまった。とりあえずもっと勉強をしようと思う。